熱く楽しく挑戦する!

分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

地域の市中病院のための提言

 現在、地域の中核病院で救急外来の日当直をしている者として、地域の
市中病院を守るための提言をしたいと思います。
1.常勤医として平日フルで病院に勤務している先生方が、さらに平日の当直や土日祝日に日当直をこなすことは非常に大きな負担となります。特に、当直の時間帯は、「通常の人間的な生活を営む者にとって休息を取るための時間」です。医師をはじめ医療従事者にとっても全く同じことが言えます。医師は応召義務という法律による規定があり、医療機関はどれほど苦難にあっても患者が救急外来を受診する限り、診療を断ることができません。つまり、どんなに医師が体調が悪くても、睡眠不足で頭がまったく回転しなくても、どんな状況であっても患者を診療する義務があるのです。常勤をしていた頃にも痛感していましたが、前日に朝から夜まで病院での仕事を終えた後、夜間や早朝に患者が来ると翌日の勤務は本当にしんどいものになります。この、だいたい夜10時から朝7時頃までの時間帯は、「できれば患者に来て欲しくない」時間帯です。したがって、救急外来の診療費を調整することでこの時間帯の患者の来院を減らすことができれば、常勤医の負担は大きく減らせる可能性があります。例えば、夜10時から朝7時までに救急外来を受診した患者さんの「夜間診療費」を通常の4倍程度、自由に病院が設定することができれば、患者も夜間に受診することを減らせるでしょう。一方、夜間でも緊急を要する重症な患者もいるはずですが、重症な場合であれば高額医療費助成の適用となるケースが大半ですので、その分の医療費は自治体からの助成を受けられます。そもそも、自分の生命に値段をつけられるのでしょうか?本当にしんどいのであれば、それを助けてもらうためには一生をかけてでもお金の負担をかけることができるはずです、これこそまさに「ブラックジャックで描かれる生命に対する真摯な姿勢」です。また、この「夜間診療費」を自由に設定し、さらにそのときに勤務した医療従事者にインセンティブとして支払うことができれば、しんどいとはいえど金銭的にも報われることで医療従事者もより真摯に勤務できる可能性があります。

2.2018年4月より、日本専門医機構なる法人によって監視される新しい専門医制度がスタートします。この制度の賛否はともかく、若い臨床医がこの制度によって大学病院などの基幹病院に多く移動していきます、実際そういった病院を見てきましたが、ある病院の外科では若い医師が大学に戻るということで、市中病院での予定手術が大幅に減少しました。地域の市中病院の常勤医師は高齢化の一途をたどっており、医師自身の健康問題も大きなリスクとなっています。いわずもがなですが、地域医療を支える医師が病に倒れてしまえば、その負担が残った医師にさらに重くのしかかり、結果として地域医療の崩壊が加速してしまいます。高齢化が進む市中病院の医局において、若手の臨床医の存在は本当に大きなものです。若い先生方がいきいきと仕事している姿があるだけで病院の雰囲気が明るくなりますし、臨床に必ず発生する「お互いにやりたくない仕事」を若手の先生はすすんで引き受けてくれることが多いです。他科とのコンサルテーションにおいても、還暦近くの大御所のような先生よりは、若くて話しかけやすい先生がいらっしゃるだけでコンサルトがよりスムーズに行えます。また、若手の先生がいてくれることで、さらに若手の医師がその病院に興味を持ち、もしかしたら病院に就職する機会ももたらされるかもしれません。「若い医師=未熟な医師、だから専門医となれるよう基幹病院を中心にさまざまな経験をさせるべき」という理屈は完全には否定できませんが、若い先生が活躍できる環境を常態化させることが地域医療と市中病院の健全性を保つために非常に重要であると痛感しています。

3.救急車は、絶対に有料化にすべきです。無料であるということは、どんな人間であれその選択肢を選ぶことをためらわせることがありません。救急車は、このまま放っておいたら生命に危険がおよぶか、または重大な後遺症が残ってしまう可能性がある患者を優先的に病院まで搬送するために、社会的な経済的損失を十分に被ってでも優先させるために存在しています。逆にいえば、それほど重症である状態ならば、それを治すためならば金額的負担が大きくなってしまったとしても仕方のないことでしょうから、自分の生命を尊重する患者ならば金銭的負担を負うとしてもそれを受け入れることができるはずです。もっとも、多数の交通信号の秩序を乱してまでして時間的損失をなくし、かつ優先的に病院で診療を受けることができるという権利なのですから、その権利に対して金銭的負担を負うというのは権利と義務の観点からしても当然の義務です。とはいえ、本当に重症な患者が緊急的に医療を受けることは社会保障制度の根幹となる目標のひとつですので、「本当に緊急性があって救急車を利用した患者」に対しては一時的に支払ってもらった救急車利用料を返還する、というようにすれば良いでしょう。コンビニ的な利用を行う軽症患者の利用を防ぐためには、この方式がベストではないでしょうか?

4.私はこれまで臨床医として、さまざまな生活保護受給者を診療して参りました。生活保護受給者は医療費が無料なのは皆さんもよくご存じのはずです。ご自身の生命に関わる医療サービスを、なんと無料で受けることができるのです。もちろん、なかには無料で医療サービスを受けることに強い恥と感謝の心をもって受診される患者さんもいます。しかし、その方々を押しのけて有り余るほどの権利意識の塊のような生活保護受給者が多数存在していることも事実です。現在のように、武士道精神という日本人の「恥の精神」をほぼ完全に失ってしまった日本人にとって、無料ということは、(何度も申しますが)その行動を選択することに一切のためらいや迷いを入れる余地は生じ得ません。したがって、一部の生活保護受給者は公的扶助の制度によって保障された「無料という権利」をふりかざして、当然のように頻繁に医療機関、とりわけアクセスがよく24時間対応をしてくれる市中病院を受診します。無料であるがゆえに、自身の生活改善を改める努力も生まれにくく、さらに中途半端に仕事を見つけてしまうと受給額のほうが給料を上回ってしまうので、定職を死にものぐるいで得ようというハングリー精神も生まれ得ません。生活保護受給者の生活費の困窮はまったくもってお察し致しますが、無料であることは何も良いことを生み出しません。5%でも3%でもいいから、とにかく有料にすることが今後の社会保険制度の持続的な発展のためには必須なものとなるでしょう。よく生命倫理に関して言われることがあります、「生命は平等だ」と。であるならば、収入の多寡によらず、ご自身の生命にかかる負担は平等に負うべきではないでしょうか?その前提があってこそ、生活費に困窮しながら懸命に病気の治療を続ける人々に対して助成金や財団からの寄付金などを贈るという発想が生まれるのだと思います。議論なくはじめから医療費無料と扱われた方々が、自分の健康や病気に対して真摯に向き合うことができるのでしょうか。