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分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

症例記録 67歳女性 突然発症の後頚部痛

67歳女性

既往:みぎ足関節の骨折に対して手術歴、その他加療中の問題なし

内服:なし

現病歴:夜、自宅内で起立した瞬間に突然の後頚部痛を自覚、その後両肩の疼痛と両上下肢のまひを自覚したため救急要請。救急隊到着時、血圧が250台と異常高値を認めていた。疼痛は頚部から胸部のほうへ移動した後、疼痛は頚部に限局した。

当院搬送後は両上肢のまひ症状はほぼ消失し血圧も150-170台であったが、後頚部痛は残存しており、運動痛および他動痛の訴えは強かった。

頭部CTでは明らかな頭蓋内粗大病変は認めず、頚部CTでも頚椎のアライメントに異常を認めなかった。また、病歴上大動脈解離および椎骨動脈解離を否定できないため造影CTを施行するも解離は認められず、外頚動脈周囲に石灰化を認めるのみであった。

一方、頚部CTの矢状断では頚髄の背側にisodensity spaceを認め、水平断ではspaceは両側へ左右差なく広がっており、C2-Th4レベルにまでspaceが広がっていた。そこで、頚部MRIを施行したところ、T1,T2においてC2レベルを最厚とする血腫を認めたため、頚髄硬膜外血腫と診断した。

上下肢の神経症状が改善傾向であったため血圧と疼痛管理を目的として保存的に入院加療を開始。A-lineを挿入し、ニカルジピンと鎮痛薬で血圧を130 mmHg以下にコントロールしつつ点滴および降圧薬処方、さらに頚椎カラー装着による保存を行い、入院7日目に退院とした。

頚髄硬膜外血腫は文献によれば10万人に0.1人の発症率という希有な症例であり、今回のように突然の頚部痛から肩への放散痛や神経症状が続いていく、というのが特徴的である。しかし、血腫の広がり方の左右差や血腫による圧迫の様式によっては片側にのみ症状が生まれることがあるため、脳梗塞や脊髄梗塞などとの鑑別が重要となる。さらに、血腫の広がり方によっては胸背部痛などをもたらす可能性もあるため、大動脈解離との鑑別が極めて重要となる。

神経症状が増悪するようであれば、緊急的(ゴールデンタイムは8時間以内)な整形外科的除圧術が必要となるため、emergency baseの疾患としておさえておくべき疾患である。

発症の誘因としては外傷や抗凝固療法中、さらに動静脈瘻の存在や動脈出血などが挙げられるようだが、今回のような特発性のものも多いという。特発性のものは硬膜外静脈叢の破綻によると考えられているようだ。頚髄への圧迫の程度によっては致死的となる危険性があり、さらに脳梗塞と誤ってtPAなどを施行してしまうと致死的になりうるため、要注意の疾患と考えるべきである。