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分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

開腹下腹部手術における、自然気道下でのCSEAによる麻酔管理の記録

83歳 女性、148 cm, 37 kg。右結腸切除術に対する麻酔管理を行った。

術前の合併症としては、

①Hb 8.2の進行性の貧血

②高血圧の既往

③重度の混合性換気障害(VC 0.9 L, FEV 1.0% 0.3 (1秒量 0.9 L)

もともとのADLは酸素投与なくてもSpO2は問題なく、ほとんど歩かないが自宅内の平地は何とか自力で歩けており、食事とトイレも自立していた。身体診察上、胸郭はCOPD-like lungの印象を受け、さらに会話の最中には息継ぎが必要な印象もあった。

本人とご家族には、「呼吸障害があり全身麻酔に必要な気道確保をしてしまうと、術後の呼吸器系への負荷のため人工呼吸器からの離脱が難しくなる恐れがあるので、自然気道または簡易的な気道確保のみで自発呼吸下で手術を受けてもらう予定であることを説明した。ただし、万が一に備えて全身麻酔に切り替えることもあることをお話した。

 

Th12/L1に硬膜外カテーテルを挿入し、1%リドカイン 1.5ml1でtest doseを行ったあと、L3/4で等比重マーカイン2 ml + フェンタニル 10 µgをくも膜下投与。その後、cold testでTh3までのhypanesthesiaを得たうえでプレセデックスを酸素投与下に開始した。

DEX 0.7γの平衡相でも少し覚醒していたため、プロポフォール20 mg ivで入眠を十分得つつ、呼吸抑制に対してはマスク換気でSIMV+PS管理。ある程度の入眠が得られたところで手術開始、頃合いをみてリドカインで表面麻酔をした後、橈骨動脈にAラインを確保した。

時折、ムニャムニャいいながら不穏がちな印象となったため、その都度プロポフォール20 mg ivで対応した。また、プレセデックス 0.7γでは結構気道閉塞することがみられたため、経口エアウェイを挿入して20-30回程度の呼吸を保った。術中の血液ガスでも、PCO2の上昇はなく、PO2も213 mmHg程度と十分な酸素化を得た。

手術上、外科の先生のお話では筋弛緩は十分であり、大きな支障はきたすことがなかった。2時間程度で終了。終了後、プレセデックスを停止し、完全に熟睡した状態でICUへ入室。約1時間後に覚醒を得て、若干不穏な印象はあったものの気道や呼吸、疼痛に至るまでトラブルは認めなかった。もともと通過障害はなく、術前から術後に至るまで胃管の挿入はなかったが悪心・嘔吐は一切認めなかった、もちろん術中は吸引の準備をしていた。

今回、挿管はおろかラリンジアルマスクも行わずに自然気道のままで問題なく管理することができた。ラリンジアルマスクを使用しなかったのは、マスク内の死腔の分による換気効率の低下を防ぎたかったわけであるが、万が一手術範囲が胃や肝臓(横隔膜への刺激が避けられない状態)に及んだ場合には、少なくともラリンジアルマスクは用いる必要があったであろう。

いずれにせよ、今回、自然気道での下腹部開腹手術を管理することを完遂することができた、貴重な症例を経験した。