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分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

100%安全は実現できない

 以前、テレビのニュースで有名な芸能人が無邪気にこのようなコメントをしていました。
「安全というのは、より安全というのではダメだ。100%安全でなければダメだと思う」
会場からは、いかにももっともだ、と言わんばかりの拍手喝采が起きていました。

 日常から、安全性を追求している仕事に従事する私からすれば、これほど一般の人々と
感覚のズレがあるものか、と痛感しました。

 安全学の祖であるジェームズ・リーズンの有名な言葉、「To err is human, 人は間違うものだ」。
人が関わる以上、どれほどの努力を徹底したとしても、100%安全は達成できない、これは絶対的な真理です。
100%というのは、極めて厳しい安全基準です。日本のお産の安全性は本当に優れていますが、妊婦さん10万人あたり
2.6人(2014)です。OECD各国ではダントツ1位です。この値を、安全と捉えるか危険と捉えるか?
 私は日々、産婦人科の先生方や産婦人科病棟の看護師さんや助産師さんの献身的な働きぶりを
目の当たりにしているため、この値がいかに大変な努力から紡ぎ出されたものであるかをよく知っているつもりです。
ですが、ざっくりいえば、10万人のうち2-3人の妊婦さんは、大変残念ながら亡くなるということです。つまり、
100%の安全性は保たれていません。
 ですが、この現実を、「安全は100%でなければダメだ」などと、公言することが本当に可能なのでしょうか?
現場を知らずに安全性について簡単に考えることは、あまりに短絡的であり、今一度安全性と効率性とのトレードオフの関係
について考える必要があります。
 安全を保つためには、膨大なコストがかかります。例えば、高速道路の安全性を100%に近いほどに保つためには、
1日に各道路に1台しか走らせない、とか、手術であれば1日に患者さんは1人しか行わない、とかということです。
もちろん、現実の日本でそのようなことを行うことは不可能な話です。ですから、ある程度の効率性と安全性のバランスを
同時に保った上で、現場の人々は最大限の注意と努力をもって両方を100%達成することを夢見て仕事しています。

 これだけは言えます。100%の安全性を達成することはできません。もしできるとすれば、「その仕事をしない」という状態においてのみです。
手術はしない、新幹線は走らせない、高速道路は走らせない、救助隊は雪山に出動しない。この100%の安全性を保った
社会に、本当にあなたは暮らしたいと思いますか?