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分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

「あの日」を読んで思う

 2014年、STAP細胞問題で大騒動となった日本社会の渦中にあった、小保方晴子さんの著書を読みました、偶然大学の図書館で見つけただけです。
 2年前は私にとっても分子細胞生物学の基礎研究のスタートの年であり、入学前のSTAP細胞の華々しいデビューに大きな感激と興奮を抱くとともに、
連日マスコミに登場する小保方さんの誇らしく凜々しい姿に大きな勇気をもらったのを覚えています。
 それとともに、突然「研究不正」があるとマスコミが騒ぎはじめて、理研も出身大学も突然小保方さんを世紀の大嘘つき、税金泥棒、嘘言癖、などと
誹謗中傷の個人攻撃がはじまったとき、大きな落胆を感じたのも覚えています。研究不正の代名詞として彼女の名前が用いられるほど、世の中の
レッテルとして彼女はそのように扱われていました、私もまさしくそのように思っていました。

 彼女が執筆した「あの日」。衝撃とともに、複雑な感情を抱きました。ここで文字を並べても表現しきれるものではない。
 もちろん、当事者であり、あれほどの身体的精神的社会的苦痛を負ったのですから、おそらく溢れる感情を押し殺しきることができない状況で
執筆されたのでしょう、読んでいて心が痛む場面がひたすら続きました。
 しかし、それと同時に、彼女の文章はとても心に響く美しいことばでできており、読んでいるうちに時間を忘れて引き込まれていく思いがしました。

 ここに描かれていることがすべて真実なのかどうか、それはわかりません。おそらく彼女も、信じてきた恩師に裏切られたり、親友から
心ない言動をうけたりして、いったい何が事実であったのかわからないのかもしれません。

 しかし、これだけは確かだと思います。彼女は今もしっかりと生きています、日本全国からひどいいじめを受けたにも関わらず。
そして、若くしてハーバード大学に雇われながら日本の研究室で研究者として仕事をし、理研のユニットリーダーとなりました。
ハーバード大学で得た発想をもとに、細胞培養の過程でストレス処理を行うことでからだの組織からOct4陽性の細胞塊を生み出すことを
世界で初めて示したのです。
 
 この仕事を、世紀の大嘘つきができるでしょうか?大嘘つきが発見したSTAP現象を、ハーバード大学が特許申請するでしょうか?
 著書の前半に書いてあるように、おそらく彼女は本当に研究が好きで、寝る間も遊ぶ間も惜しんで研究に取り組んでいたのでしょう。
そうでなければ、誰がこのような経歴を歩むことができるでしょうか。

 博士論文の最終原稿を改訂前の原稿と取り違えて学務に提出してしまったり、実験ノートの記録方法が不十分であったり、また
アガロース電気泳動のバンドのレーンを別のものから切り貼りしたり、染色画像を取り違えたり、確かに彼女の決定的なミスは
あったかもしれません。
 しかし、どう考えても、彼女一人のみの責任にはなりません。まず、博士論文については、最終的に提出された原稿が改訂前の
ものであったことを大学側が最終チェックしなかったからこそ生じたエラーです。審査を担当し国会図書館に納めた大学の責任は
計り知れません。そして、STAPの論文については、共著者がたくさんおります。論文は筆頭著者のみが把握しチェックすればよい、
というものではありません。共著者はその論文の内容、記述について等しく十分な理解があることが前提であり、画像の切り貼りや
写真の取り違えがあるのかどうかをチェックすることには筆頭著者と同様の責任があるはずです。

 さんざん華やかに取り上げたかと思えば、不備を見つけた瞬間に一気にたたきつぶす。マスコミがこのような姿勢であるのはいったい
いつ頃からなのでしょうか、これは日本のマスコミだけなのでしょうか。マスコミも、やらせ番組を作ってみたり、放送倫理に抵触する
番組で世間を騒がせたり、いくらでも叩かれるべき要素はあるでしょう。冤罪を生む検察官もいますし、事件の現場を想像することが
できない無脳な裁判官もたくさんいます。近頃は元知事のように卑劣きわまりない行為に対してマスコミが一斉に叩きつぶすという
傾向も出てきていますが、マスコミは「強き者」に対する攻撃、または「同じマスコミのごとき同志」に対する攻撃は実は「甘噛み」のように
感じていました、つまり問題を取り上げはするがそれほど徹底的ではない。視聴者の関心が薄れた瞬間にお茶を濁しながら急に報道を
やめるようなきらいがあると思います。しかし、「弱き者」、または「これまで持ち上げられていた活躍中の者」の不備に対しては、
人間的尊厳を奪うがごとくの勢いで一斉に攻撃を行い、マスコミ側の完全なる「勝利」に帰着させるように思えます。

 それでも、彼女は最後の最後まで検証実験を行おうとしました、STAP現象までは再現し、今まで彼女がなしとげることができておらず
若山氏にしか到底なしえないキメラマウスの作製にも挑みました。さらに、研究が好きでたまらなかったにも関わらず大学から博士号を
剥奪された今でも、彼女はちゃんと生きている。そのことが、彼女が歩んできた道が偽りでないことの証だと私には思えてならないのです。