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分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

ドラクエの僧侶

 臨床医はひとりですべてが務まる仕事ではありません。世の中ではゼネラリストと呼ばれる、総合診療医、つまりあらゆる診療科の病気の診断に
精通したオールマイティのような存在であることを望まれている風潮を感じますが、これほど医療が扱う分野が広がり、さらに求められる安全性と
有効性が高くなった以上、やはりなにがしかの専門医であることこそ臨床医としての価値があるような気がしています。

 そんななか、私は臨床医のそれぞれはテレビゲームでおなじみのドラゴンクエストのキャラクターになぞらえることができるように思います。
異論反論、ここでは喧々がくがくの議論がありましょうが、ここでは私の完全なる偏見で以下、述べさせてください。

 まず、キャラクターが戦うモンスター、これはいうまでもなく、さまざまな「病気」です。病気を倒すには手術、薬物治療、放射線治療、動脈塞栓、
免疫療法などさまざまなものがありますが、モンスターとの戦いにも同様に、肉弾戦、道具、一瞬で倒す呪文やじわじわと消耗させる呪文などがあります。
一方、モンスターとの戦いは、相手を倒す営みだけでは不十分です。なぜなら、モンスターからの攻撃によるダメージや障害(毒、混乱、呪文を封じられる、など)
を放置したままでは、攻撃ができずに戦闘不能状態となってしまうからです。したがって、モンスターを倒すための営みとは別に、味方の体力を
保ったり障害の状態を解除するための営みが不可欠となるのです。以下、それぞれのキャラクターと臨床医のマッチングを挙げてみます。

武闘家、戦士:腫瘍を扱わない一般外科、整形外科、形成外科、
魔法使い:一般内科、放射線
僧侶:麻酔科
勇者:救急科
賢者:循環器内科、消化器内科、心臓外科、脳外科、腫瘍を扱う一般外科
遊び人:バイトドクター

 私がここで取り上げたいのは、私が専攻する麻酔科です。
 麻酔科ほど、ドラクエでいう僧侶の立場とマッチする職業は存在しないでしょう。僧侶はモンスターに対する攻撃はほぼ
まったくといってよいほどできません、その代わり、味方のヒットポイントを回復させたり、障害の状態を正常に戻したりする
ことに専念する立場です。麻酔科もまさにその通り、病気そのものを克服して治す行為はほぼまったくなく、患者さんが死に
瀕しているときにこれを守ったり、何らかの危険な状態を薬物や電気仕掛けの装置などの「呪文」のみによって解除したりします。

 ある意味、ヒットポイント回復や障害を解除するという行為は、実は他のキャラクターでも可能です。ドラクエでいう「ホイミ」という
呪文は賢者や勇者でも使えますし、道具にある「やくそう」も同じような効果をもたらすことができ、かつ誰でも使うことができます。
一方、勇者の専売特許である「ギガデイン」や「ミナデイン」は勇者のみが使うことができますし、ドラゴンキラーでモンスターに大ダメージを
与えることは恐らく戦士や武闘家にしかできません。「イオナズン」ですべてのモンスターに大ダメージを与えることも魔法使いと賢者にしか
できないでしょう。死んだ味方を復活させる「ザオリク」は僧侶の専売特許か!と思いきや、勇者や賢者も使えますし、なにより町の教会の
神父様でもお金さえ払えば同様の効果が得られます。そもそも、賢者という立場自体、魔法使いと僧侶を兼用しているわけですから、もはや
僧侶の専売特許はないわけです。ここがなかなか悲しいところです。

 しかし、ドラゴンクエスト3において、僧侶はレギュラーメンバーから外れるでしょうか?私は少なくとも、僧侶は必ずメンバーとして
重用しました。基本メンバーは、戦士、勇者、僧侶、賢者、の4名です。賢者がいるとはいえ、結局はモンスターへの攻撃は主に
戦士、勇者、賢者の3名で行い、僧侶はこちらのディフェンスを高めたり、味方が相手へ攻撃するのをサポートするための呪文を用います。
味方がまったく危なげないときには、実は僧侶は若干手持ちぶさたです、カスのような肉弾攻撃などで暇つぶしを行うこともしばしばです。
しかし、味方が大ピンチのときでも、僧侶は普段通り、味方を守るための営みを粛々と続けるのみです。
こうしてみると、僧侶のありがたみというのは、まさにパーティがピンチのときにのみ実感されるのがよくわかります。普段の危なげない
状況では存在意義があるのかないのかよくわからない。それでも、レギュラーメンバーから外されることはない、とても不思議な存在です。

 おそらく、臨床においても、僧侶たる麻酔科というのは、そのような存在なのでしょう。だからこそ、普段の危なげない日々の業務において
は、「あいつら暇そうにしやがって」的な批判の対象とならざるをえないのでしょう。実に当たり前のことです。そして、危なげない日々のほうが
当然にして多い、だからこそ麻酔科は普段においてはあまりよく思われないのかもしれません。しかし、ひとたび大ピンチに陥ったとき、
麻酔科のノウハウが活用され、そのときにのみ久々に麻酔科の存在意義を理解してもらえるのでしょう。
 この「僧侶」というなんとも不思議な存在にも誇りがあるのです。決して、「楽だから」ということでやっているわけではありません。
そのようなモチベーションでは、大ピンチのときに「ベホマ」や「ザオリク」を的確に唱えることはできません。

 ただし、なんでもない戦闘において、僧侶が効果的な「ベホイミ」を使えなかったとき、妙にいらっとしてしまうのはなぜなのでしょう。
期待を裏切られるためなのか、それとも「誰でもできる」と思われるためなのか。麻酔科医の私でもそう思ってしまうのですから、不思議ですね。
逆に、ドラクエの僧侶が、攻撃をかわされた戦士や武闘家、すでに死んだモンスターを攻撃しようとしてスカに終わる勇者の攻撃などを
みて、いらっとしていたら私はショックです(笑)。