熱く楽しく挑戦する!

分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

光に向かって歩く

postblackjack2009-10-16


 私の最も好きな番組の一つ、プロジェクトX、相変わらずわくわくと感動を以て
拝見させていただいています。

 ほんとに、戦後の昭和を生き抜いてきた人々のたくましさと熱い志には毎回
心を打たれて、今を生きる平成の若者が果たして昭和を生き抜くことができるのか、
甚だ心配でなりません。

 その番組の冒頭で、人々が光の中で様々な方向に向かって歩いていくシーンがあります。これまで
数十もの番組を見てきて今まで全然気にしていなかったのですが…。

 その人々の中で、ある人々は光源の方向へ向かって歩いていきます。

 ふと、考えの中に、時代を築いていった人々の姿が描き出されました。
 光というものを考えたとき、皆さんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか?
明るい、まばゆい、世界や人を照らす希望の象徴…おそらくプラスのイメージで一杯の
はずです。

 ですが、よーく考えてみると、光は自然に発生して照らしているのではない。誰かが
何かを犠牲にしてそれを絶やさぬように生んでいる、おそらく太陽でさえ莫大な資源を
燃焼させて地球をキセキの星たらしめているのでしょう。

 そして、光の中を歩くということを思い浮かべてみると、恐らく何も見えないはずです。
真っ白で足元はおろか進むべき先に何があるか、まったくわからない、もしかしたら
大変な危険が待っていて、大きな痛手を負うかもしれない。

 しかし、そんなリスクを冒してでも、時代を築いた人々はその光の先にあるものを
追い求めるのです。そして、やがてその光を以て今度は辺りを歩く多くの人々にその
明るさを与え、社会を豊かなものにしようとするのです。

 科学の進歩に貢献した人、テクノロジーの発展に寄与した人、または現在はびこる
数々の課題に対して献身的に取り組んだ人、または目の前の仕事に没頭して、その結果
として関わった人々に大きな熱い思いを抱かせることができた人、そういった人々
すべてが「光に向かって歩いた人々」なのだと思います。職業や階級、業績の多寡など
大した差ではない、1人の人間として歩いたこと自体が誇るべきことなのだと思います。

 おそらく、光の中では大変な苦労をしたことでしょう、失敗もたくさんしたことでしょう、
または、結果として人生の方向に照らしてみると無駄のように思えるようなことを
たくさんしたことでしょう。しかし、そのような積み重ねがあったからこそ、
光は絶えず社会を照らし続けているのであり、今だけでなく将来にわたっても
明るく居続けるのだろうと思います。誰かがやらなければならないことなのです。

 誰かに照らされるだけでなく、自分の活躍する領域で誰かを照らす光になる、または
、たとえ光を生むことができなかったとしても、その意志自体が近くの人々の胸に
強く明るい光の源を与えることができるはずです。

 これまで、私が見たことも会ったこともない誰かが与えてくれた光を使って、
今度は自分が新たな光を手にし、それを後身の人々に与えてあげたい、そう思います。