熱く楽しく挑戦する!

分子神経科学研究者、兼、麻酔科医、兼、ランナー、兼、作曲家 の随想録(ひとりごと)です。

未来をつくるためには無駄が必要である

 先日、私が身の回りでもっとも尊敬する方の一人である、大学の先生と飲ませていただく
機会に恵まれました。その先生は本当にあまりにも偉大な方であり、強いリーダーシップで
周りの同僚のみならず学生をも魅了する存在感があります。経歴的にも、バスケの世界で
全国区に上り詰めたにもかかわらず、学問の最高峰に入ってその道のトップを走っていらっしゃる
という、恐ろしい神童の一人です。それだけに、一言一言がとても重く、胸を打つものばかりです。

 世の中の仕事には大きくわけて2つあると思います。1つは、現在の世の中や生活を回すために
必要な仕事、たとえば日給を得るとか、ダイヤどおりに列車を走らせるとか、医療でいえば
日々の診療を行うとか、必要なインフルエンザワクチンを用意するとか。

 2つめは、未来をつくる仕事、たとえば石油が完全に枯渇した時代のための電気自動車の
開発や、鉄腕アトムのような高性能のロボットの開発、医療でいえば脊髄損傷を完全に
治す治療法の開発などです。

 1つめのほうは、今の状況において必要なものであるので、その仕事をやることには
おそらく一切の無駄はない、つまり仕事をやったならば必ずその投資は便益として
社会に還元される、というものです。

 一方、2つめのほうは、まだ訪れていない未来を見据えての努力であり、もしかしたら
実現できないかもしれないし、技術的に実現できるとしても国の財政や世界の倫理的側面
などの外的な情勢によってはもしかしたら実践できずにお蔵入りするかもしれない、やや
もすれば資源の無駄となりうるものです。

 じゃあ、1つめのほうに特化して、現在の状況を打開するための施策に傾倒したほうが
よいのではないか、というのが現在の医療に対する期待感、または行政レベルでの方針
といってもよいかもしれません。産婦人科、小児科、外科などの不足、地域医療に携わる
医療関係者の不足、これらの問題に対して、とりあえずそれらに特化した人材をたくさん
育成しようという動きがあるのはこの典型といえるでしょう。

 しかし、私がリスペクトしてやまない先生いわく、「地域医療に特化しようとした瞬間に
医療の進歩は終わる。未来をつくる意志を持った医療関係者を育成してこそ、その裾野として
地域医療は発展する」と。

 う〜む、深い…。

 ある専門分野に完全に特化してしまうと、世の中の情勢やモダリティシフトによっては
まったく存在価値を失ってしまうリスクがつきまとうものです。たとえば、ガソリン車のみ
を生産することができる会社は、石油が枯渇した時点、またはガソリン車を生産することを
禁止された時点で廃業です。

 だからこそ、ある分野の専門家になるうえで、それとはまったく異なった分野での経験や
知識、または問題を解決していく上でのフレームワークを構築しておくことが非常に
重要であり、それらが多ければ多いほど、専門分野を支える土台が広くなっていく。
そのことで情勢の変化やモダリティシフトへの順応性が高まると同時に、専門分野で
挫折しかけたときの克服のヒントを得ることができるのだということです。

 私も自分自身、スポーツと勉強の両面で結果を出そうとしてきました。また、家庭教師として
たくさんの教え子をみてきましたが、勉強以外にほかに何か好きなものや、夢中になれるもの
がある子というのは大抵勉強でも困難を克服することができる。反対に、勉強だけを
がんばっている子は、困難を克服することが苦手な子が多い。おそらく、まったく関係のない
分野で得た経験やフレームワークが、一番大事な局面で大いに役立つということを象徴している
のかもしれません。

 無駄というものはない、それがあるからこそ伸びることができる。私のように、若干
遠回りをしてきた人間にとって、先生のお言葉にはいたく感じ入りました。